ファンコニ貧血とDNA修復

Fanconi anemia-BRCA pathway

ファンコニ貧血(Fanconi anemia: FA)は、ゲノム不安定性やDNA鎖間架橋剤(シスプラチン・マイトマイシンなど)に対する高感受性を特徴とする高発ガン性遺伝性疾患です。少なくとも22個の相補群(FA-A, B, C, D1, D2, E, F, G, I, J, L, M, N, O, P, Q, R, S, T, U, V and W)があり、そのすべての原因遺伝子(FANCA, B, C, D1(BRCA2), D2, E, F, G, I, J (BACH1/BRIP1), L, M, N (PALB2), O (RAD51C), P (SLX4), Q (XPF), R (RAD51), S (BRCA1), T (UBE2T), U (XRCC2) , V (REV7/MAD2L2) and W (RFWD3))が同定されています。 これらの原因遺伝子によってコードされる蛋白(FA-BRCA蛋白)は共同して「ファンコニ貧血-BRCA経路(FA-BRCA pathway)」として働きます。FA-BRCA経路はDNA鎖間架橋の修復を制御しており、細胞のDNA鎖間架橋剤抵抗性に必要です。

FA-BRCA経路の活性化における重要なステップは、FANCD2のモノユビキチン化です。FANCD2とFANCIはID複合体と呼ばれるタンパク質複合体を形成します。8つのFAタンパク質(FA-A, B, C, E, F, G, L and M)は、ユビキチン結合酵素複合体(FAコア複合体)の構成因子となっています。FAコア複合体はFANCD2とFANCIをモノユビキチン化します。

FA-BRCA経路はDNA損傷に応答して活性化されます。その結果、FANCD2/FANCI複合体のモノユビキチン化がおきます。さらにFANCD2/FANCI複合体が DNA損傷部位へとリクルートされて核内fociを形成し、BRCA1/BRCA2/RAD51と共局在します。このプロセスにはFAコア複合体、BRCA1、及びリン酸化酵素ATRが必要です。モノユビキチン化をうけたFANCD2は、下流で働く様々なnucleasesをDNA修復の部位にリクルートしてくると考えられています。 BRCA1、BRCA2、RAD51は相同組換え修復に必要です。 またこれらの因子は複製フォークの保護にも働きます。一方、FANCD2はATMというリン酸化酵素によって直接リン酸化され、放射線照射後のS期のチェックポイントに関与します。このように、FA-BRCA経路はDNA損傷によって活性化され、DNA修復と細胞周期チェックポイントを制御するシグナル伝達経路なのです。

興味深いことに、FA-BRCA経路は様々なガン(卵巣ガン、乳ガン、非小細胞肺ガン、子宮頸ガン、頭頸部扁平上皮ガンなど)で不活化されています。FA-BRCA経路の不活化はゲノム不安定を引き起こし、そのためにガンになりやすくなると考えられます。一方、ガン細胞におけるFA-BRCA経路の不活化は、シスプラチン感受性を引き起こします。このようにFA-BRCA経路は腫瘍化においても、また抗がん剤感受性・耐性においても重要な役割を担っています。

まれな高発ガン性遺伝疾患の研究をする理由は?

ファンコニ貧血はとてもまれな病気です。百万人に一人から五人くらいの頻度だと考えられています。では、どうしてこれほどまでにまれな病気の研究を私たちはしているのでしょうか?
まず、ファンコニ貧血は重篤な病気であり、患者さんやそのご家族の方々はこの病気の理解の進歩、そして治療法の改善にとても期待しています。その期待に答えるべきと思います。
次に、この病気は高発ガン性疾患であることがあげられます。実は、まれな高発ガン性遺伝疾患の研究によって、一般のヒトのガンの病態の解明につながる重要な知見がたくさん得られてきているのです。
例えば、p53やRb、ATMの変異は、それぞれリ・フラウメニ症候群、家族性網膜芽細胞腫、毛細血管拡張性運動失調症というまれな遺伝性疾患の原因となります。p53とRb は一般のヒトのガンでも非常に重要なガン抑制遺伝子ですし、ATMはDNA損傷応答に重要なリン酸化酵素であることは今ではよく知られています。同様にファンコニ貧血の遺伝子の解明により、ヒトのガンの発症および進行に関する理解がとても深まってきたのです。